相手の立場に立ってこそ、愛情は共有できる

今回は、医療法人徳洲会の創設者、徳田虎雄先生の「生きる力」(PHP研究所)、の中に「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」(祥伝社刊)の著者、井村和清さん(1979年、物故)のお話が掲載されていましたので、その一部を抜粋し以下に掲載させていただきます。

人は何のために生きるのか、身をもって私に教えてくれた忘れられない人がいます。井村和清さんがその人です。

彼は、昭和52年5月開院の岸和田徳洲会病院に最初から参加してくれた医師でした。 知り合った頃は、沖縄県立中部病院で研修を終えたばかりの29歳の医者としての使命感に燃える青年医師であり、新妻の倫子さんをともない赴任してきてくれました。

私は新設病院の慌ただしさを知っているだけに、甘い新婚生活を引き裂くのは胸の痛む思いがしたものです。 開院直後の病院はやるべき仕事が山積みで、やはり忙しい。そんな環境でしたが、彼はにこやかに、そして丁寧に患者や職員に接してくれたため、すぐに周囲から信頼され、「先生! 先生!」と、みんなから親しまれていました。

どうしていつも穏やかでいられるのか。しばらくたって、そんな疑問を解いてくれる話を打ち明けてくれました。 彼は学生時代に大病を患い、2年間ほど入退院を繰り返したそうです。また、入院していたころ、献身的に看病してくれた母親は、彼が復学して間もなく、腎結核から薬の副作用で聴覚を失い、その後亡くなったと言います。

このときに、ずいぶんと辛い思いをしましたが、医者や看護師、周りの人たちから「今は辛いけど、きっといいことはある! いっしょに頑張ろう」と優しい声をかけてもらったからだといいます。

この辛い経験が患者を心から思いやり、愛情を注ぐ原動力になっていたのです。 こうした誰からも好かれる井村先生でしたが、病院で働きはじめた7月、最初のお子さんになる長女・飛鳥ちゃんが誕生。職員からお祝いの花束を受け取り、照れる先生でした。が、私はそのときに彼が右足を引きずっているのが、なぜか気になりました。

「どうしたんだね?」とすぐさま尋ねると、「半年前から、ときどき右膝が痛むんですが、たいしたことないですよ」と、心配はいらないという表情で答えてくれたのでした。

ところが、それから数ヶ月後に、最悪の状況を迎えたのです。右大腿部切断が必要な骨肉腫とわかったのです。医師、看護師などスタッフ全員が愕然としたにもかかわらず、当の村井先生といえば、飄々としていました。

気丈な先生はすぐさま切断手術をし、手術後には抗がん剤投与も受け、義足での6ヶ月のリハビリもこなしたのです。それらの治療は厳しく、想像を絶するものでしたが、弱音のひと言も吐きませんでした。

治療を終えた昭和53年5月、再び岸和田徳洲会病院に復帰。職員がこみあげる感動で涙して迎える中、「切断した足は15キロありました。それが別のところへいったのか、体重は少しも減らないのですよ」と、明るくあいさつしました。逆に職員が強く勇気づけられたものです。

しかし、喜びも束の間、8月に彼から「両親や妻には秘密にしますが、実は悪性腫瘍が両肺に転移しているんです。限られた時間の中で、できるだけ多くの患者さんに接したい」。このまま医療に従事したいと、真剣なまなざしでこれからのことを訴えられたのです。

苦渋の選択でした。ですが、私はその意思にしたがったのです。自身ががんであるにもかかわらず、がんで余命二、三ヶ月の患者数人の治療に力を尽くされていました。

しかし、日増しに咳も増え、痰に血も混じるようになり、医者として患者を担当できなくなったのです。 こうして再び病院を去る日の朝礼で、もはや仕事が続けられないと打ち明け、職員に遺書となった「三つの悲しみ」について、かみしめるように話してくれました。

「私には三つの悲しみがあります。一つ目はどうしても治らない患者さんに何もしてあげられない悲しさ。二つ目は貧しい患者さんが、お金の心配をしなければならない悲しさ。三つ目は、病人の気持ちで医療をしていたつもりでも、本当に病人の気持ちになることができない悲しさがあります。患者さんにできる限りの努力をしてください」。

限界まで医療に尽くした彼の言葉は、職員の胸に熱く染み渡りました。 そして治療に専念してから一ヶ月後のある日のこと、「徳洲会の皆さんへ」と綴られた一通の手紙が私の元に届きました。

手紙には、「『この薬は嫌だ』『あの看護師が気に入らない』とわがままな患者さんに、私が立腹していた時、研修の指導医のマクリーン先生が『He is sick, you are not sick, (彼は病気だ、あなたは病気ではない)』と患者の心を、健康な人間の物差しで測ってはいけないと諭され、恥ずかしい思いをしました」と、職員への感謝と医療人の心得が、実直な字で綴られていました。

どんな状況のときでも、患者さんを思いやること。それを第一に考えることの重要性がしっかりと記されていたのです。 そして直後の昭和54年1月21日(奇しくも、このブログを書いている今日が井村和清さんのご命日です)。ご家族から危篤の連絡。すぐさま私は駆けつけたのですが、枕元で彼が見せてくれた表情には、大腿部切断を宣告されたときや最後の朝礼でも見せた、あのいつもの微笑みがありました。まずは相手を気づかう。そんな井村先生の優しさに、そっとここでも触れたのでした。

私を含め、徳洲会で働く仲間たちが先生から教えてもらったこと。それは医療人としてつねに周りの人たちに惜しみなく愛情を注ぐこと。人類愛の大切さを伝えてくれたのだと、今でも思います。

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