攻めの養生

養生とは体を休ませる「守りの養生」でなく「攻めの養生」で行くべきです。

今回ご紹介する書籍は「不良養生訓」帯津良一著、青萠堂(せいほうどう)より出版されています。

ただ体をいたわったり、治癒したりする「守りの養生」とは正反対の「攻めの養生」こそが真の健康をもたらすことを、養生訓で有名な貝原益軒も述べています。

当院に来る腰痛や肩こりなどの患者様も、腰痛だから動かないとか、肩こり頭痛があるからじっとしているという守りの養生の患者様は、治りが悪いというのが実感です。

貝原益軒
貝原益軒

貝原益軒が記した「楽訓」という書物の冒頭には次のようなことが書かれています。

「……仁を行ひてみづから楽しみ、人に仁をほどこして楽しましむべし。……仁を行うは是天地の御心にしたがへる也」

仁とは他者へのいたわりの心、慈しみの心です。人は人として生まれてきたからには、楽しむべきであり、また他人を楽しませるべきで、それによってさらなる楽しみが得られる、と主張しています。

これこそ攻めの養生そのものであり、ときめきにあふれた真の健康をもたらすと益軒は述べています。

ある人が自分が楽しみ、さらに人を楽しくさせる能力を「楽力」と呼んでいました。とても大切な能力だと思います。

徳を積めば健康になる

佐藤一斉
佐藤一斉

佐藤一斉という江戸時代の儒学者は次のように述べています。

「少(わか)くして学べば壮(そう)にして為(な)すあり。壮にして学べば、則(すなわ)ち老(お)ゆとも衰(おとろ)へず。老いて学べば則(すなわ)ち死すとも朽ちず」

(若いときから学問をすれば壮年になって実となる。壮年になって学べば老いても衰えない。老人になってから学べば、死んだ後も朽ちることはない)

この言葉は養生にも通ずると思います。何歳になっても年齢相応の攻めの養生はできると思います。

また一斉は次のような言葉も遺しています。

「志の立たざるは、終日読書に従事するも、また唯(ただ)これ閑事(かんじ)なるのみ。故に学を為すには立志よりも尚(とうと)きはなし」

(志がないのなら、終日読書をしても閑つぶしに過ぎない。ゆえに学問をなすには、立志ほど重要なことはない)

何かを為すためには「立志」こそが重要であり、それは40歳からでも50歳からでも、もちろん60歳で終わるわけではありません。攻めの養生を続けていれば、志はつねに立ち続けると著者は述べています。

丹田呼吸法

白隠慧鶴
白隠慧鶴

白隠慧鶴(はくいん えかく)は、臨済宗中興の祖といわれる江戸中期の禅僧です。白隠は次のような言葉を残しています。

「大凡(おおよそ)生を養い長寿を保つ要は、形を練るにしかず。形を練るの要は、神気をして丹田気海の間に凝(こ)らしむるにあり」

(命を養い、長寿を保つ要は体を鍛えることだ。体を鍛える要は気の力を臍下丹田(せいかたんでん:へその下の部分)に集中させることだ)

この様に白隠は「体を鍛えよ」と言ったが、攻めの養生だからと言って、ムリな運動をせよというのではなく、日常の中で楽しく体を動かすことの重要さを説いていたと思います。

データや数字ではわからない命

健康とは何でしょうか?健康に関する様々な定義がありますが、そのキーワードは「自由」・「解放」になります。苦痛や執着や利己主義からの解放を手にしたとき私たちは本当の健康を手にしたことになります。

自由は数値では表せません。だから健診や人間ドックでは健康を掴まえることはできません。健康とは自分で見つめ感じることなのです。

実は我々が健康であるとき、我々はそれを意識しません。体をいたわって数値の正常化だけに汲々とする守りの養生では真の健康を得ることはできない。生命に焦点を合わせた攻めの養生を行うことで初めて健康を手にすることができる。

決められた検査数値の範囲内にきっちり自分を当てはめようとするのは、あたかも学校で決められたテストの範囲をしっかり覚えて、いい点数を取ろうと頑張るのと似ていないでしょうか。まじめな人ほどその傾向が強く、守りの養生一辺倒になり苦しくなってしまいます。

また、単なる数値の羅列に目を奪われ、ここにエビデンス(科学的根拠)が存在すると錯覚している西洋医学には限界があると著者は述べています。

医療の最前線は「治し」と「癒し」の統合で、治しが故障の修理なら癒しは生命場のエネルギーの上昇をはかることです。

治しを担当するのが西洋医学で、癒しを担当するのが各種代替療法ということになります。

代替療法を嫌う人はその理由として、エビデンスの乏しいことを挙げますが、まだ科学が全くと言ってよいほど解明していない生命エネルギーを扱う代替療法がエビデンスを備えるわけがないのです。エビデンスが乏しいからこそ代替療法なのです。

作家の五木寛之氏も「気」は科学的に証明されていないが、それが実験によって確認されるような存在であるならばそれほど興味を覚えなかったと「気の発見」という著書の中で述べています。

西洋医学的に見る限り病は身体の一部の故障。治ればそれでおしまいですが、生命エネルギーを扱う代替医療は違います。生命場のエネルギー値はある範囲内にあるとしても無数の値を取り得るわけですから、治しの結果の様に治った、治らないの二極化ではありません。わずかでも上昇すればそれが効果です。

臨床の現場でも、腰痛や肩こりの症状が軽減しなければ患者様としては不満が出ますが、施術者サイドからすれば、気のエネルギーがアップしていることを確認すれば、それで施術を終え、あとは体に治させるというスタンスを取ります。

サイモントン博士の言葉

がんになったことを前向きにとらえ、自分自身の力で治療を行っていく方法の一つにイメージ療法があります。その第一人者がアメリカのカール・サイモントン博士です。

がん患者と接する過程で、がんの治療に心理的な要素が大きく関わっていることに気づきます。そこでリラクゼーションや瞑想などを取り入れたイメージ療法を開発したのです。

サイモントン博士は、次のような言葉を残しています。

  • 1.つねに必ず治るという信念を持つこと。
  • 2.人生の意義を考え直すこと。また、この作業は本人しかできないことを認識すること。
  • 3.昔からの言い伝えや古代の知恵と呼ばれることにも心を開くこと。

サイモントン博士は、一番目についてこれは積極思考ではなく「健全な思考だ」と述べています。積極思考とは「がんであっても、2年後も必ず生きている」という考えです。一見前向きなようですが、再発など治療の過程で思わしくないことが起きると、悲観的になり、ポキリと折れやすい精神状況になりやすいのです。

一方の健全な思考は「2年後には生きているかもしれないし、生きていないかもしれない。でも、自分の行動によって大きな変化が起こせるのは間違いない」と結論づけます。

この様なある意味での「いい加減」精神が「柳に雪折れなし」の例えのごとく心の力強さをつくるのです。

当院でも腰椎椎間板ヘルニアなどで、坐骨神経痛が強く心が折れそうになっている方にも、サイモントン療法の様な考え方で乗り切ることをアドバイスすることもあります。

いい加減が良い加減

宗教研究家のひろさちやさんによると、仏教の根本精神は「中道」にあり、それは極端を避けることだそうです。そして、その中道こそが ゛いい加減 ” に通じる、と述べています。

健康であることに頑張りすぎて、食事にも神経をとがらせ、食べるものに気を遣いすぎている人には耳の痛い話かもしれません。

世間一般でいう「健康にこだわった食事」は往々にして ゛主義 ” になりがちで、菜食主義や玄米主義などが横行しています。

私も仕事柄、そういった勉強をしたり、会合やセミナーに出たりもしました。確かにそれぞれの食事法には一理あり、ある意味全てが真実であり、それで病気を克服したという体験談も沢山あります。

ただし、あまりにも極端に走ると社会生活もままならなくなってしまうこともあります。私が出会った玄米菜食のある女性は、弟の結婚式に出なかったと言っていました。その理由は、披露宴で出される食事が自分の主義に合わないためだそうです。

この方はお蕎麦屋さんに入ったら、めんつゆは断り「生醤油」で食べると言っていました。

「水清ければ魚棲まず」と言いますが、もう少し柔軟性があった方が楽かもしれませんね。

また別の女性は、子供の修学旅行に同行し、移動先で料理を作り子供に届けていました。あたかもこれだけ食べていれば病気にならずに健康になれるという杓子定規なかんがえかたは、かえって健康を損なうと思うのです。

面白いことに、あれもダメ、これもダメと言って育てられると、悪いと言われたものを食べたときに本当に、下痢や発熱、発疹などの症状が出るのです。食事療法をする人たちはこれを排毒反応と呼びますが、別の見方をすれば、これはある意味での暗示が働いたためだと思います。

こだわりには個人差がありますが、やはり程々がいいのではないでしょうか。「いい加減が良い加減」なのです。

プチうつ病

ストレスが原因で、うつ症状を発症している人が増えています。皆さんも次のような症状はありませんか?

  • 朝起きられず、会社に行くのがおっくうになる
  • 仕事中にため息ばかりつく
  • やる気が出ない
  • 上司の顔を見るのが辛い
  • 疲れやすい

性格的には、律儀で几帳面、頑固、凝り性の人はストレスを感じやすく、疲労もたまりやすい。

「健康ストレス」というものもあります。健康へのこだわり、気づかいの度が過ぎてしまうために、常に自分の体調が気になり、かえってそれがストレスを増幅させてしまうのです。

ドイツの哲学者ハンス=ゲオルク・ガダマーも次のように述べています。人間の健康は自然科学の対象とは異なって、人間が技術的に作成する人工物ではない。健康は人間存在の根本現象としての「存在」なのである。健康は忘却の中にあるからである。

健康のことに、汲々としてこだわり、執着するよりも、そのことを忘れているくらいの方がかえって健康になると思います。

当院でも、ストレスからうつや自律神経失調症になって苦しんでいる方には、忘却の重要性をアドバイスすることもございます。

やり過ぎは、やらな過ぎと同じか、それよりも悪い結果をまねく恐れがあるのです。

味と健康

美味しい食事や好物は生命エネルギーを高め、心をときめかせます。その結果として自然治癒力が高まるのですから、食の重要さを忘れてはなりません。

貝原益軒も「養生訓」の中で「味が気に入らないものは栄養にならない」と述べ「たとえ自分のために作られた手間のかかった食事でも、気にいらなかったら無理して食べてはいけない」とも述べています。

食に関しては好みを優先させ、美味しく食べることの大切さを説いているのです。玄米や野菜中心の食事もそれが美味しいと感じる人には良いと思いますが、もし口に合わないのなら無理をすることはありません。肉でも魚でも好物を感謝していただくことの方が健康には良いのです。そしてこれが「攻めの養生」となるのです。

究極の食べ物は宇宙の気を取り入れることなのです。

世界中にあるシャーマニズムや自然療法は、全て何らかの効果を示したから現代にも受け継がれているのです。しかし、注意しなければいけないのは、これらの療法が全ての人に有効であるとは限らないのである。

だからこそ、どの療法も妄信しないで、自分の体に合っているかどうかを実証実験をしながら体の声を聴いて判断しなくてはならないということです。

笑いとかなしみ

笑いが健康に効果があるという話はよく耳にしますが、実際はどうなのでしょうか?

筑波大学の名誉教授の村上和雄さんは、大いに笑うべきだと明言しています。

反対に作家の五木寛之さんは「笑えばいいというものではない」と言っています。結論から言いますと、あるがままの自分であればいいのです。

ただ、人間の本性は悲しみにあり、人間は明るく前向きにはできていないということをここで強調したいと思います。

たしかに「わくわく、いきいき」していればNK細胞などの ゛免疫細胞 ” は元気になり、がん細胞を攻撃してくれます。

しかし、無理して笑ってもけっして「わくわく、いきいき」せず、かえってストレスをためてしまうことがわかってきたのです。

実は「明るく前向き」と思われていた人ほど、精神的には弱い面があることがわかっています。著者によると、病状の悪化を告げると「明るく前向き」な人ほど落ち込みが激しいというのです。

人間とは本来明るく前向きな存在ではなく、悲しくさみしい存在ではないかということです。それを隠して明るく振舞っているから弱く見え、反対に人間が悲しくさみしいことを知り、それを隠そうとしない人は、毅然として強く見えるのだと思います。

脚本家の山田太一氏は『生きるかなしみ』の中で「生きている、そのこと自体が悲しいのだ」と書いています。その上で「悲しみなんて、どうということはない」とも述べています。

本来人間はこの様な悲しみを持っているにもかかわらず、それを素直に出さずに、無理をして常に明るく前向きな気持ちを持とうとするから身も心もしんどくなるのです。「人間とはかなしくさみしいものだ。病気になってより苦しむ時期もあるものだ」と達観することが大切ではないでしょうか。

昔ある人がこの様に言っていました。「すべてのクラッシック音楽には人を癒す力がある。それはすべてのクラッシック音楽にはかなしみがあるからである」

クラッシク音楽が人を癒すのは、人間が本来持っているかなしみの琴線に触れるからではないでしょうか。

チャールズ・チャップリン
チャールズ・チャップリン

チャールズ・チャップリンの映画は皆さんご存知だと思います。チャップリンの映画には笑いとともに、悲しみが含まれていますよね。それは彼の生い立ちにその秘密があると思います。チャップリンが幼いころ両親が離婚し、彼は母親に育てられていましたが、その生活は壮絶な貧困との戦いでした。母親が精神病になってしまい、チャップリンは救貧院に収容されたり、屋根裏生活を余儀なくされ、「赤貧(せきひん)洗(あら)うが如(ごと)し」の幼少時代を過ごしたのです。

これらの経験が、チャップリンの作品の特徴である「笑いと悲しみ」につながっていると思います。

坂本九さんの『上を向いて歩こう』の作詞家、永六輔さんも「辛いときほど笑え」といっています。ここでも涙と笑いがセットになっています。

人は病気になることを恐れます。それは死ぬことが怖いからです。永六輔さんは「死」について次のように言っています。

死ぬことについて心配することはありません。
ちゃーんと死にますから。
安心して下さい。

ストレス

ストレスは病気の引き金になる、万病の元だ、と言われますが本当にそうでしょうか?ストレスのない人生などありえないし、ストレスのないリラックスするだけの人生が楽しいかというと、けっしてそうではないのです。このような生活を続けていたら、交感神経は働かず、副交感神経ばかりが働いて体調は次第に悪化してきます。

漫画「ベルサイユのばら」で一世を風靡した池田理代子(いけだりよこ)さんは、40代に重い更年期障害に悩まされ、ホルモン補充療法を受けたそうです。健康を回復してからは、47歳で音大に入学し、声楽家の道に進みました。

その後も事故で大けがをして8か月もの間、寝たきり生活を余儀なくされました。車いすの生活から、歩けるような生活になっても立っていられるのは30分くらい、そんな状態が2~3年も続いたのです。

しかし、前向きな彼女はそんなことでは負けません。当時の様子を次のように語っています。

「不自由な体で痛みに耐えていた日々。世の中には自分よりはるかに重く辛い障害を抱え、一生懸命生きている人々がたくさんいることを知りました。その姿にどれほど励まされたことか。私は動ける。歌える。これくらいの苦痛は乗り越えなければと」

池田さんの様に、ストレスをなくそうとしたり、解消しようと悩まず「ストレスどんと来い」くらいの気概を持てば、うまく付き合えるのではないでしょうか。

逆転の養生訓

減塩は本当に体にいいのか、メタボは不健康なのか、コレステロールや中性脂肪、血圧などの基準値は本当に人を健康に導くのか、皆さん疑問に思ったことはありませんか?

昔からいい塩梅などと言いますが、良い塩を適量使うことは料理の味を引き立て、ミネラルの補給にも必要だと思います。

コレステロールや中性脂肪、血圧などの検査の数値も、実際はちょい悪くらいの人の方が健康で長生きしていたりします。

では、健康とはいったいどんな状態を指すのでしょうか。著者は体の中の「生命場」が高まっている状態が健康な状態と述べています。

生命場と言ってもわかりずらいので、心身ともに活力に満ちた状態やその根源となるエネルギーと言ってもいいのではないでしょうか。

好きな人と一緒にいたり、好きなことをやっているときには心に情熱の炎が燃え、疲れ知らずで大概のことはこなせてしまいます。

「陽気発する処、金石もまた透る」と言いますが、このエネルギーは、禁欲的な守りの養生からは生まれません。

確かに現代生活は、食生活やストレスの問題も大幅に変化してしまい、健康を維持するのも大変だと思います。そこえもってきて健康情報が氾濫し何を信じればよいのかわからなくなってしまうのもわかります。

そんなときこそ、遊び心を持って、ちょっとぐらい羽目を外しても自分の心と体が本当に喜ぶ方向に行けたらいいのではないでしょうか。

私たちは親や先生からどのような言葉を聞かされて育ちましたか?

ダメです。いけません。もっと頑張らないと。~しなくてはなりません。弱虫。ぐず。早くしなさい。

この様なマイナスの言葉を幼い心にこれでもか、これでもかと、すりこまれているのです。まじめな人ほど親や先生の言うとおり良い人間になろうとします。

組織における人事などの評価方法の一つに減点主義というものがあります。ミスや問題があれば満点から減算していくものです。学生の内申点などもこの要素が含まれていますし、公務員や民間企業の人事などもいまだにこの傾向が強いと思います。

これでは何か新しいことにチャレンジすることができなくなります。挑戦に失敗はつきものだからです。このような環境で育った人は、失敗を恐れ往々にして守りの養生に走ります。

守りの養生で、あれもダメこれもダメとやってしまうと、身も心も窮屈になって、かえって健康を害してしまいます。健康という鎖にとらわれない解放と自由が、真の健康につながるのではないでしょうか。

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肩こり・腰痛・坐骨神経痛・椎間板ヘルニア・ぎっくり腰・めまい・頭痛・脊柱管狭窄症・自律神経失調症・五十肩・膝の痛み、股関節の痛み等、様々な症状の根本原因を施術する整体治療院 。あん摩・マッサージ・指圧師の国家資格取得者「札幌 キネシオロジーの谷井治療室」です。

全国どこでも遠隔施術も承ります。https://www.taniithiryousitu.com/distant-healing/
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