カイロプラクティック ハーヴェイ・リラード

【カイロプラクティックの誕生】1895年9月18日、ダベンポートのD.D.パーマー(D.D.Palmer:1845~1913)のオフィスで最初のカイロプラクティックの治療(ファースト・アジャストメント)が行われました。

ハーヴェイ・リラード(Harvey.Lillard)は、アフリカ系アメリカ人で、D.D.パーマーのオフィスのあるビルの管理人でした。上の肖像が、ハーヴェイ・リラードです。

ハーヴェイ・リラードは「窮屈な姿勢で身をかがめたときに、何かが背中を走るような感じがして、それっきり何も聞こえなくなった」と述べていたことにヒントを得て、D.D.パーマーは、リラードの脊柱を検査しました。すると椎骨の異常(隆起)を発見したのです。

D.Dパーマーはその時のことを「私は、もしその椎骨がもとの位置に戻れば、聴力が回復するのではないかと考えた。その目的を果たすために30分間話し合って、椎骨をもとの位置に戻すことをリラード氏に承諾させた」と記しています。

そして、その椎骨のズレ(カイロ用語でサブラクセーション)を矯正するため、診察台にリラードをうつぶせに寝かせ、両手でその椎骨にスラスト(瞬間的な素早い矯正)を加えました。 すると17年以上も患っていたリラードの聴力が快復したと、パーマーは述べています。これがカイロプラクティックの始まりとなる出来事です。

ファーストアジャスト画像
カイロプラクティックのファーストアジャスト

上の絵は、1895年9月18日、ダぺンポートのセカンド&ブラディストリートの一角にあるライアンビルディングの4階にあったD.D.パーマーのオフィスで行われた最初のアジャストメントを描いたものです。カイロプラクティックで救われた四肢の不自由な患者が、感謝を込めて、足で描いたと伝えられる伝説の絵である。

D.Dパーマーはこのファーストアジャストについて次のように記しています。「これは偶発的なことではなく、はっきりとした目的を持ってなされたことであり、予期された結果がもたらされた。このアジャストメントは粗雑なものではなく、スペシフィックな(根本的な原因に限局した)ものである」

D.Dパーマーの患者であり友人でもあるレバーランド・サミュエル・ウィ-ドー(Rev.Samuel.H.Weed)はギリシャ人の学者で牧師でもありました。彼はパーマーが開発した治療法に名前がないのはよくないといったのです。これはキリスト教的な考え方で、名前のないものはこの世に存在しないものという概念があったからだと思います。そこでギリシャ語でカイロ(CHIRO) 『手』とプラクティコス(PRACTICOS)『技術』という意味の造語など、いくつかの提案をしました。そして最終的にD.Dパーマーが選択したのがカイロプラクティックだったのです。これは1896年1月14日のことでした。

ところでハーヴェイ・リラードへのアジャスト部位が一体どこだったのかと、カイロプラクターの間でよく議論になりますが、D.D.パーマーは、胸椎をアジャストしたと述べています。

しかし、息子のB.J.パーマー(B.J.Palmer:1882~1961)は、この時のアジャストを目撃していて、父親の行ったアジャストは、頸椎2番であったと述べています。

この当時は、医学界の圧力が強く、もしD.D.パーマーが頸椎をアジャストしたと発表したならば、首は大変デリケートで、危険な部位のため、医学界からの糾弾は免れなかったでしょう。そのために、D.D.パーマーは敢えて意図的に、そして保身も含めてアジャスト部位を胸椎に変更したようです。

その後も、カイロプラクティックに対する、医学界の圧力は強く、D.D.パーマーや多くのカイロプラクターが、実際に投獄されているのです。

D.D.パーマーは、リラードの治療実績などから、背骨と神経の関係について仮説を立てました。

「身体の全ての器官、組織、細胞は神経を通って脳からの電気信号(イネイトインテリジェンス)で制御されている。背骨の不整列(ズレ)が神経を圧迫している(その状態の事をカイロプラクティックの用語でサブラクセーションと呼びます)ことにより、その神経が関わっている身体の機能が不調をきたし、それを背骨の施術(カイロプラクティック用語でアジャストメント)により取り除くことで、身体の機能が回復するのではないか」

実際に、カイロプラクティックの効果として、体性神経(感覚や運動に関係する神経)と自律神経(内臓諸臓器の機能を調節する)に有効に作用します。

『神経の緊張の程度が健康か病気かを決める。病気とは、機能の過多か過少によって生じる状態をいう。』
-D.D.パーマー(カイロプラクティックの創始者)-

パーマー・カイロプラクティック・スクール

D.D.パーマーは1897年に、最初のカイロプラクティック教育機関、パーマースクールを開校しています。

上の写真は、1910年~1920年頃の、アイオワ州ダベンポートの世界初のカイロプラクティックスクールである、カイロプラクティックのパーマースクールです。

D.D.パーマーは、18年というカイロプラクター人生の中で、薬やメスに頼らない新たな治療法を開発したという多大な功績を残しました。

パーマースクールは、D.D.パーマーから、息子のB.J.パーマーに引き継がれました。実はカイロプラクティックを広めたのが、D.D.パーマーの息子B.J.パーマー(B.J.Palmer:1882~1961)なのです。彼は当時ラジオ局も持っており、カイロプラクティックの普及に尽力しました。

B.Jパーマーは人の脳にはイネイトインテリジェンス(先天的知能=自然治癒力)が宿ると考えました。イネイトは神経に沿って全身に流れるとの理論から、神経のエネルギーの流れを正しくする目的で脊椎の矯正を行いました。脊椎矯正は複数の背骨を矯正するのではなく、上部頚椎のたった一箇所を矯正するだけでよいと考えました。それは脳幹部に影響を与えるためです。

主に第1頚椎(C1)の歪みを矯正することで、脳幹部の圧迫を取り除き、骨格的な歪みにとどまらず、全身の自然治癒力を高め、病苦を断つ上部頚椎アジャストメント(ターグル・リコイル・テクニック)が考案されたのです。

現在では、カイロプラクティックはアメリカを中心に世界の約80ヶ国以上に普及し、アメリカ・イギリス・オーストラリアなど、世界の約30ヶ国では法制化もされています。

アメリカでは19のカイロプラクティック大学があり、米国公認のD.C.(ドクター・オブ・カイロプラクティック)は、医師に準じる資格として認められています。

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