腸内細菌は大切なパートナー
我々の肉体の細胞数は60兆個と言われてきましたが、新説では37兆2000億個となっています。
ヒトの腸内には約100兆個の腸内細菌が棲んでいます。ヒトの体の細胞数が60兆個でも37兆個でもいずれにしても、それよりもはるかに多い数の腸内細菌に支えられているのです。
ヒト一人が体内に持つ腸内細菌の重さは、なんと1kgから2㎏にもなります。腸内細菌は「もうひとつの臓器」と言えるのも納得です。
この様に腸内細菌は、ヒトと共生している運命共同体なのです。正常な腸内細菌のバランスであれば人は健康で、異常な腸内細菌のバランスになると、腸内細菌の暴走が起こり、我々を病気に導いてしまうのです。
正常な腸内細菌のバランスとは、なるべく多種類の腸内細菌がバランスを保って存在することです。腸内フローラ(花畑)とは、お花畑に咲く花の様に、いろいろな腸内細菌がバランスよく存在することで人は健康になります。
逆に、単一の少ない数の腸内細菌だけが増え、「多様性」が失われた状態は好ましくないのです。「生物多様性」についてその重要性が叫ばれています。生物の多様性と地球環境が密接につながっているように、腸内細菌の多様性と腸内環境にも大変重要な関係性があるのです。
小腸で腸内細菌が異常に増えるSIBOという病気
小腸で腸内細菌が異常に増殖している「腸内細菌増殖症」通称SIBO(シーボ、Small Intestinal Bacterial Overgrowth)の人が増えています。お腹の張り、ガス、腹痛、下痢、便秘といった症状があるのに、内視鏡やCT検査、腹部超音波(エコー)などの検査を受けてもまったく目に見える異常がない。
日本では過敏性腸症候群に悩む患者さんは1700万人を超え、日本人の中高生においては、何と実に18.6%の若者が「原因不明」のお腹の不調に苦しんでいるのです。
最近になって、何百万人もの日本人を苦しめている過敏性腸症候群には、小腸に棲んでいる腸内細菌の暴走が関係していることがわかってきました。
小腸には腸内細菌が非常に少ないのが正常です。過敏性腸症候群の方は、小腸の中で腸内細菌が大増殖しているのです。
つまり過敏性腸症候群には、「腸内細菌の逆襲」、すなわちSIBOが合併していることがわかってきたのです。
正常な小腸の腸内細菌の数は、1万個程度です。それが、SIBOでは、10万個以上と爆発的に増えているのです。
過敏性腸症候群とSIBO
ある衝撃的な報告があります。過敏性腸症候群と考えられてきた患者さんのなんと84%は、よく調べてみると、SIBOだったというものです。
SIBOと過敏性腸症候群の症状は非常に似ており、今まで「原因不明」と言われていたお腹のガス、腹部膨満感、下痢や便秘、腹痛といった辛い症状は、小腸の中で爆発的に増えてしまった腸内細菌によってもたらされていることがわかってきたのです。
SIBOの症状
SIBOの主な症状は次のようになります。
- 腹痛
- お腹が張る
- 便秘や下痢
- 過度のおなら(放屁)
- 胃酸の逆流
- 消化、吸収力が低下して栄養状態が悪化する
- 小腸に炎症が起きリーキーガットが引き起こされる
- ブレインフォグ(頭の中に霧がかかった様な感じ)
- 抑うつ症状、不安感
- 慢性疲労
ブレインフォグ
SIBOが小腸内で起こると、異常に増殖した細菌は、LPS(リポポリサッカライド)と呼ばれる毒素(エンドトキシン)を産生し、腸の中から血液中に吸収されてしまいます。これを内毒素血症(エンドトキシン血症)と呼びます。
過敏性腸症候群の患者さんに、集中力の低下や精神的な明晰さの欠如が起きるのは、これらの毒素が脳に作用するからではないかと考えられています。このような状態を「ブレインフォグ」と呼びます。
ここで重要になる臓器が肝臓です。肝臓とは毒素を消去するフィルターの様なものです。ブレインフォグの原因が小腸内の過度な細菌異常増殖にあり、これが肝臓の解毒能力を超えている状態だという推測は妥当だといえます。
SIBOになると、腸内に異常にガスが発生します。ガス(gas)の語源は、ギリシャ語の「カオス(khaos)」です。まさに消化管にまたがるガスは混沌としています。そのガスが脳に運ばれブレインフォグをつくるのです。
病因論
最近の研究では、腸内細菌が多くの病気の原因となっていると考えられるようになりました。
実は、昔もお腹の虫にまつわる病因論があったのです。江戸時代には、人が声を出すと、それに反応して体内の「虫」が言葉を発するという不思議な病気が知られていました。その名を「応声虫(おうせいちゅう)」と言う。
「応声虫」は、当時の医学書にその記載がみられるだけでなく、随筆や読本などの文芸作品や、浄瑠璃・歌舞伎といった演劇作品にも、しばしば登場することから、広く人々の関心を惹いていたことが、容易に想像されます。
古くは、病気の原因は何か悪いものが「憑依」した結果と考えられる「霊因」観がありました。これを疫病神や鬼として描かれているものもあります。
次にそれが、体の中に潜んでいる「虫」が原因と考える「虫因」観へと変わり、現代ではストレスなどの心の働きが原因とする「心因」へと推移した系列を考えることができます。
「霊因」→「虫因」→「心因」の変遷を荒唐無稽だとバカにすることはできません。顕微鏡などの光学機器がない時代に、目に見えない病気の原因をその時代の人々が、感覚的に鬼として表現したり、虫を擬人化したことは当然の帰結であると思います。
霊因により健康を害する要因として「邪気」という概念がありますが、これなども東洋医学的には、あながち否定できない部分もあるのです。
また、虫因も今回のテーマである「腸内細菌の逆襲」と合致します。腸内細菌という「虫」が暴れて様々な疾患につながることを考えますと、こちらも否定できないのです。
この様に、昔の人が感覚的に感じていた病気の原因論は、全否定できないどころか、かなり的を得ていると思います。
日本に現存する最古の医学書に「医心方(いしんぽう)」があります。平安時代の鍼博士の丹波康頼(たんばのやすより)によりまとめられたもので、ここには伝染病などを邪気や鬼の仕業としてその対処法を示しています。
今でも一部の鍼灸師やエネルギー治療を行う施術者は、この様な概念に近い考えで施術を行って効果を上げています。
ストレスと腸
最近の研究では、幼少時に大きなストレスを受けている場合は、腸のぜん動運動が阻害されることがわかっています。これにより幼少時に過大なストレスを受けて育った人はSIBOの症状が悪化すると考えられています。
幼少時の心的トラウマは、腸脳相関を司る神経系に過大な情報がインプットされ、成人してからもその影響を受けてしまうからです。
子供の頃にどのような環境で育つかが、その後の腸の健康状態を左右するとはとてもショッキングな事実です。
過敏性腸症候群やSIBOの方で、自分が幼少時に大きなストレスを受けて育ったという経験のある方は、その影響で腸の蠕動運動が低下しているかもしれません。
腹式呼吸と養動法
しかし、悲観しなくてよいのです。対策法はあるのです!動きの悪くなった腸の蠕動運動を補う方法は次の3つになります。
- 腹式呼吸
- ツイスト運動
- 養動法(ようどうほう)
腹式呼吸は、息を吸うときにはお腹を膨らませ、息を吐くときにはお腹を引っ込める呼吸法です。実際の空気は肺に入っているのですが、あたかもお腹に空気を吸い込んでいるように行うことで腸を動かすことができるのです。
次にツイスト運動ですが、これは腰を中心として下半身は動かさないように安定させ、上半身を左右にひねる運動になります。ポイントは上半身の力を抜いてリズミカルに左右にツイストすることです。
民芸玩具のでんでん太鼓(でんでんだいこ)体を左右にひねるといいのですが、その時に頭の位置は動かさないように、目線を前方の一点に向けておくとよいのです。You Tubeの谷井治療室チャンネル「三軸体操」もご参考にしてください!
最後に「養動法」の説明をします。これは、中村天風(なかむら てんぷう)先生が考案したもので、心身統一とともに腸の働きを活発にするのにもとても効果のある方法なのです。
これはとても簡単で、おへそを中心にして、時計回りに上半身を動かすだけの運動になります。基本的には座位で行いますんので、椅子に座ってでもよいし、正座や座禅の様な姿勢でも結構ですので、自分のやりやすい姿勢で行ってください。
この時のポイントは、腰骨を立てておくことと、回転方向は座っている自分の姿を頭上から見て時計回りにおへそを中心に動かすことです。
実は、腸の動きと腰痛とは深い関係にあるのです。腸は骨盤の中に納まっています。骨盤を構成する骨を「腸骨」というのはこのためです。
また、腰部から出た神経が腸の運動をコントロールしています。そのため、腰椎や骨盤が歪み、そのバランスが悪くなると腸の働きも乱れるのです。
逆に、腸内細菌のバランスが乱れたり、腸の働きが乱れると腹部や腰部の筋肉の緊張にもアンバランスが生じ、腰痛の原因になるのです。
まとめ
古来より「心身一如(しんしんいちにょ)と言われますが、まさしく心の働きがからだに大きく影響を与えます。
腸の蠕動運動は、ストレスがかかって、自律神経の「交感神経(こうかんしんけい)」が優位になると抑制されます。逆に、リラックスして「副交感神経(ふくこうかんしんけい)」が優位になると活発になるのです。
ストレスや寝不足、過労などによって自律神経のバランスが崩れると、腸の蠕動運動も乱れ、便秘や下痢などの不調を起こしやすくなります。
腸内細菌が棲みやすい環境とは、スムーズな蠕動運動が行われている腸なので、過度なストレスや寝不足などの生活習慣の乱れに気をつけ、腸内細菌のバランスが崩れないように気をつけましょう。
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