フルフォード博士が語る自然治癒力

オステオパシーから見える世界観と人間観がこれからの医療には必要です。今回ご紹介する書籍は、「いのちの輝き」ロバート・フルフォード著、翔泳社から出版されています。

オステオパシーとは?

オステオパシー創始者 アンドリュー・テイラー・スティル画像

オステオパシーはスコットランド系アメリカ人の四世、アンドリュー・テイラー・スティル(1828~1917)によって考案された治療法です。

スティルはどんな病気の患者にも必ず筋骨格系の異常があることに気づき、循環系と神経系のアンバランスが症状を起こしているのではないかと考えた。

1874年に、その方法に「骨」を意味する「オステオ(Osteon)」と「病気」を意味する「パソス(Pathos)」というギリシャ語から「オステオパシー」と名付けた。

当時のオステオパシーは、スティル博士が「マニピュレーション」と呼んだ手技を主に筋骨格系の骨・筋肉・腱・関節などに施していました。

しかし、現代のオステオパシーは、西洋医学のドクターと全く同じく、患者に薬を処方し、手術を勧めている。フルフォード先生の様に、手技だけに頼る人は非常に少なくなっているのが現状です。

手術や薬は、必要な時もあるが、それに至るもっと前に、人間に与えられている「自然治癒力」や「生命エネルギー」に着目し、それに働きかける予防医学に力を注げば、多くの人は手術や薬が不要となっていたのではないでしょうか?

カンザス州トピカにあるメニンガー・クリニックのエルマー・グリーン博士は、いま西洋医学の医師が診ている外来患者のおよそ七割は代替療法で対処できるものだといっています。オステオパシーの手技もその代替療法の一つなのです。

スティル博士は、人間は三つの存在が一体となって初めて完成すると述べています。第一は肉体、第二は霊的な存在、第三は精神的な存在です。健康に生きるにはこの三つを程よく兼ねそなえ、自然の真理と調和しなければならないということです。

優れたオステオパシーのドクターは、この様に人間を霊性、精神性、身体性からなる一つの全体としてとらえる。

人間は物質だけでなく、エネルギー体でもある。患者のエネルギー・ブロックが解放され流れるようになれば、体は自然に治癒のプロセスをたどり始めるのです。

残念なことに、ほとんどの医師はそのことを信じていないとフルフォード博士は述べています。彼によれば症状とは力で押さえつけるものではなく、その言い分に耳を傾けるべきものなのです。

多くの医師は、生化学的検査や機械に頼りきっているので、検査の結果が正常値を示すと、医師は訳が分からなくなってしまう。すなわち目の前の患者さんを診ているというよりもデータを見ているのです。

当院でも腰痛など病院で検査をしても原因不明で来院する患者さんが多くいます。病院では検査で出てくる異常を原因と決めているが、それはあくまでも結果であり原因は別にあるのです。

現代では医者も患者も目に見えるものだけを信じる「唯物思想」に傾いている。しかし、人間は骨や筋肉など目に見えるパーツの寄せ集めではない。本当の体の声を聴くには見えないエネルギーを感じることが大切です。

聖書にも次のような言葉があります。

私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。   ~コリント人への手紙 第二4章18節~

オステオパシーのドクターは、からだには自然に治る力があると信じている。我々が仕事をすべてやっているのではない。我々の仕事が終わったら、あとはからだ自身が仕上げを引き受けてくれるのだ。

宇宙は特定の法則によって運行しており、オステオパシー医として仕事をすることは、その法則を人間に応用することを意味している。だからこそオステオパシー医は病の最も深い原因にまで分け入ることができる。

この様に、フルフォード先生は物事の本質を見極める「慧眼(けいがん)」の持ち主です。この慧眼とは、仏教用語で、真理を認識する能力を、眼になぞらえて5種に整理したものです。肉眼(にくげん)・天眼(てんげん)・慧眼(えげん)・法眼(ほうげん)・仏眼(ぶつげん)。

一般的な人は物事の上辺だけしか見ることができない、肉眼(にくげん)の状態にあり、悟りの段階によって見える世界も変わってくるということです。

生命場

チャクラとオーラ

エール大学医学校の神経解剖学教授、ハロルド・サクストン・バー博士の研究により、人体が電磁エネルギーに浸透され、取り囲まれているということを初めて立証した。

博士はこう断言した。「生命があるところには、必ず電気的な特性がある」生命場とは「肉体を組織化する場」であり、その電磁場のパターンが鋳型をつくり、その鋳型に従って、物質がかたちづくられ、目で見え手で触れられる肉体が生じてくるということである。

東洋では何千年も前から、似たような生命エネルギーの概念が認められてきた。「気」や「プラーナ」がそれである。

生物に生じる現象のほとんどは、通常の物理的・化学的な力によって説明できると信じている人たちがいる。

しかし、命は機械論や要素還元主義の限界を超えている。従来の生物学、化学、物理学の言葉では、命を説明しきることはできない。ある決定的な要因に気づいていないからだ。それは生命場という宇宙の創造的な力のことである。

人体にくまなく浸透し、それを包み込んでいる生命場は電磁気エネルギーでできている。そのエネルギーが体内にあるとき、フルフォード先生は、「生命力」と呼んでいる。

この様な概念にもとづいて施術を行う中で、その実在を確信し、それを頼りに診断や治療を行っているのです。

生命力の流れの多くは、心によって調節されている。こころが、からだをコントロールし、感情的な反応がからだを締め付けたり、ブロックしたりしているのだ。理性ではなく、動物的な本能のおもむくままに生きていると、エネルギーブロックが起こりやすくなります。

こころの乱れが、生命のエネルギーを乱し、結果的に肉体にも乱れが生じ病気や不快な症状として現れてくるのです。長期間心が乱れた状態をつくらないことが健康に生きる秘訣なのです。

また、からだを巡るエネルギーの滞りは、事故や骨折、手術などでも起こるし、全身のバランスが悪くてもエネルギーブロックは発生します。

私の臨床の基本も、このエネルギーによって診断し、エネルギーブロックを改善することです。

この普遍的な生命力こそ、創造主といわれる神の別名である。神が内部にいると信じることができれば、自分のからだをもっと大切にするようになる。からだこそ神殿そのものであるとフルフォード先生は述べています。

呼吸

いのちは呼吸に支配されている。生まれるときに最初の息を吐き、死ぬときに最後の息を吸う。ストレスや心理的トラウマが呼吸や生命場のエネルギーに影響を与えエネルギーブロックをつくり出す。

呼吸には4つの種類があります。

  1. 物理的呼吸
  2. 呼吸の型(深い呼吸)
  3. いのちの呼吸…体に命を与える
  4. 光の呼吸…魂を養う

これら4つの呼吸は、深く正しい呼吸をしていれば息を吸うたびに確実にからだに影響をおよぼす。深く正しい呼吸は瞑想や座禅にも通じるものです。

また、良い治療が行われた後は、患者の呼吸は自然と深くなるものです。

想念は物質である

生命場はエネルギーの流れの、つまり光と力の進路の織り成す織物であり、その人の精神的、霊的な境地によって変化する。

思考や感情がかき乱されるたびに生命場も一緒に変化する。例えば感情的なまでに、ある想念に執着していると、生命場の中でその想念パターンが固着しはじめ、肩こりや腰痛やその他疾患の原因にもなる。

それが一定期間続くと、それらのパターンが慢性的になり、からだのかたちが永久的にそこで固定してしまう。

東洋医学でも、下のイラストの様に心の働きが気の流れに変化を起こし、結果として病気につながることを伝えています。

陰陽五行

オステオパシーの世界観

オステオパシーは、からだの全てのシステムが調和的かつ無制限に自由に運動できる状態を健康だと考える。

呼吸はその運動の一つであり、我々にいのちをもたらす最大の推進力である。呼吸が乱れると、自分が放射している固有の周波数の波動も乱れている。

体の具合がよくないときは、自分固有の周波数から外れているのです。

トラウマや否定的な想念は、自由な呼吸を阻害し、生命力に悪影響を及ぼす。エネルギーの自由な流れは決定的に重要なものである。したがって流れを阻害するものを取り除くことがオステオパシー医の仕事の中心になる。

オステオパシーのドクターは、症状に関する肉体的な部分だけでなく、その根本原因であるエネルギーブロックを見つけ開放している。それは心身の相関性をよく知って、注意深く観察するからできることなのです。

表現されなかった思いは、筋肉の中にも表れそこに留まります。組織や器官(骨、靱帯、軟骨、筋肉など)にもメモリーがあり、そこに誤作動の信号が残るのです。

我々はからだと心のつながりについて無知同然の文化に生きているため、もう一度立ち止まって、自分のからだの症状が、こころの傷からきているかもしれないと考えることも大切です。

誰かや何かを責める方が楽だと感じている間は、からだの症状の原因が、心にあることを認めることは難しい。

同じ症状を繰り返す患者は、古い想念パターンを手放したくないのだ。健康でいようという意思よりも、不満を訴えたいという欲望、自分を弱いものだと考えたいという欲望の方が大きいとフルフォード先生は述べています。

ありがたいことに、欲望は断ちさえすればいい結果をもたらしてくれる。欲望をコントロールしようとする意志によって傷つくことはあり得ない。この意思こそが強い味方なのである。

霊性の発見

地上にいる全ての人は、だれしもが同じ一つの本源からやってくるエネルギーを受けている。その純粋で霊的な本来の姿のそばに居つづける能力を「善」といい、逆に自己の存在から遠ざかるとき人は悪になる。

悪とは霊的エネルギーの欠如のことなのだ。このような状態は、いのちを与える宇宙エネルギーの流れをブロックしてしまう。

霊的な側面を見つける方法はいくらでもある。自分の人生の目的を見つけることや、弱者に手を貸し、必要としている人に無条件で進んで与えることで、いのちが少しずつ輝きだすとフルフォード先生は述べています。

聖書にも「受けるよりは与える方が幸いである」と記されています。

実はエネルギー的には、与えることは受けることにつながり、受けることは与えることにつながるのです。

また、植物や自然、芸術などにふれることで自分の魂にふれるという経験をすることができる。自然を味わい、見返りを期待せずに与え、優れた芸術家の創造性の果実から喜びを引き出す。これらはすべてエネルギーブロックの解除を助けてくれる。

ブロックがとれ、生命力が流れ出せば自然に健康が増進される。自分の霊的な側面にふれることが多くなれば、エネルギーはそれだけ自由に体の中を流れるようになる。

愛と癒し

手技による癒しは、患者が自己の本質につながろうとするのを助け、その人を「まるごと」の状態にもっていく。

ヒーラーがかざし、触れる手は患者の本質がそのからだとつながるのを助け、その結果、ふたたび生命エネルギーが充分流れるようになる。

ヒーラーは、意志を通じて患者に愛を送る。愛は全ての医師の仕事に不可欠である。

フルフォード先生は、霊性を高めるために、目に見えない内的世界を理解するための時間をもっと費やしてほしいと述べています。

過去の行動が、現在の問題をもたらし、将来の問題にまでつながっていることを考える必要がある。

因果経

因果経にも次のような言葉があります。

汝ら、過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ、未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ

まさしく過去の行いが現在をつくり、現在の思いと行いが未来をつくっていくということです。

神社

日本神道には『惟神霊幸倍坐世』(かんながら たまちはえませ)という言葉があります。その意味は、

かんながら(神様の御心のままに)

たまちはえませ(魂を豊かにさせてください)

すなわち、「私たちの身体も魂も神様から頂いたものです。神様の御心のままに良き方向へお導き、お守りください。」との解釈になると思います。

自然に即した生き方で、生命のエネルギーが豊かに流れ、「命を輝かせた生き方」とはこの様な生き方になるのではないでしょうか。

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